maki

在宅フリーランスで2児の母しながら
デザインの仕事をしています。
仕事の事、webの勉強の事、日々の出来事。

記事一覧(12)

短気は損気

ぐっちゃぐちゃの頭と心を整えるために

クラゲはたくさんいても美しいです。ぐちゃぐちゃに見えないのは、同じクラゲが集まっているからでしょうか。山形県の加茂水族館でユラユラ、フワフワと水中を漂うクラゲに魅了されてきました。クラゲはキレイですが、私の頭はいろんなことでぐっちゃぐちゃです。仕事、子育て、家事、人間として生きる基本的なことさえ面倒くさくてしょうがない状態です。もう何もかも嫌だ。リセットボタンが欲しいと思う日々です。忙しすぎて何も手につけられない!という状況ではないのです。今はけっこう余裕。でもやっていないのはなぜなのか。毎日の少しずつのやるべきことをやらなかったがために積もり積もって「もう嫌だー!」な状態になってしまうまで自分で自分を苦しめていたようです。でも。それを解決するには、少しずつ整理整頓していくしかないと思ったので一旦立ち止まって、やることリストとタイムスケジュールを立てることにしました。コツコツとこなすうちに「出すって大事」と思うようになりました。「出さないと入らないんだ」ふと、とっても大切なことに思えました。便秘で苦しくて食欲がなくなることは、今までだってあったのに…。ここ数年の私は本やWEB、スマホからたくさんの情報を探して見たり読んだり時には後で何かの役に立てようとデータを寄せてばかりでした。入れて蓄えてばかり。デザインとか生み出す仕事をしている私は「出す」のが仕事なのに仕事以外で「出す」ことがほとんどなかった。なんだか情けない。ものづくりを仕事にしたかったはずなのに。頭の中はまだぐちゃぐちゃのままですがとりあえず思いついたことを紙に書いて吐き出して動いてみて、それが終わってからまた本でも読もうと思います。出す(アウトプット)→行動に移す→入れる(インプット)これで少しはスッキリできるな!と希望の光が見えてきました。

食べるためにいちから作る喜び

私が生まれ育った函館は、海に囲まれた浜の街で周りには畑や田んぼ、山も近くにない環境です。団地暮らしで両親は共働きの核家族。育った環境と、アトピー体質のせいか私は、採れたての野菜や果物、体に良いと言われる無添加の食にいつの間にか興味を持つようになりました。進学で秋田に来て、田んぼと畑が広がる景色に感動し、さらに田舎に移り住んで、同居する主人のおばあちゃんが畑仕事や花の世話、山菜採り、梅干し漬け、漬物づくりをしている姿を見て生き生きとして楽しそうだなと思ったものです。そして今年の冬。マタギの里で知られる阿仁の漬物文化を伝える冊子を作りたいという仕事の話しが偶然私のところへ舞い込み秋田の田舎ならではの食に興味がある私は運良く取材させてもらうことができました。どんな作り方で、阿仁の人達にどんな食文化があるのかワクワクしながら1月から2月の真冬の阿仁へ毎週通うことになったのです。大まかに漬物完成までのストーリーをまとめると…夏の終わりに大根、かぶ、白菜などの種を蒔き、秋の終わりに収穫し、洗ったり干したりした後大きな樽に何十本の丸ごと大根と、大量の塩、砂糖、酢などをぶっこんで(ちょうど「ぶっこむ」という言葉の響きが当てはまる感じ)重い石をのせ、時々混ぜたり世話をしながら1ヵ月で食べごろになり、3ヵ月くらい保存ができる。というもの。畑で野菜を作るところから考えると、とても手間ひまがかかっているのが分かります。子育て中、働き盛りの私たちにはとても真似できません。そしてお母さんたちは、なぜか皆さん興奮しながら漬物を漬けます。それはたぶん、漁師さんが大漁の時、農家さんが豊作の時と似たような感覚なのではないかと思うのです。「美味しいものをたくさん作り蓄える」という行為に人間という動物として興奮するのではないかと。この「作る、食べる」ことに関しての興奮はどうみても楽しそうなのです。大昔の人間は、衣食住のために暮らしていて魚を釣って、家畜を育て、野菜を作り、着物を縫って、籠を作り、火をおこし、料理を作る。衣食住の仕事に勤しみヘトヘトになって1日が終わる生活こそが幸せなのではないかと、楽しそうなお母さん、おばあちゃんたちを見て思ったのでした。

人生の先輩の言葉

田舎で起業するというのは、なかなか勇気のいることです。ご近所さんはみんな顔見知り。家に車が止まっているだけで「今日はお休み?」と聞かれるような狭い町に窮屈さを覚えることもあります。独りでパソコンで仕事をしている。と言っても何をやっているのかも具体的に理解してもらえるものでもない。そう思って仕事の話しはあまりしたくありませんでした。フリーランスという不安定な働き方に自信ももてず将来が不安になりながら、今できることをやるだけだと自分に言い聞かせてなんとかやってる。冬は特にそんな気持ちになることがあります。ちょうどそんな気分で小学校の授業参観に行った時のこと。息子の同級生のおばあさんと帰りが一緒になりました。前からの顔見知りで、近所のおばあちゃんたちとはちょっと違う上品な雰囲気のあるおばあさんです。何気ない会話をしていると「お家で自分でお仕事しているんですって」と言われ、私はいつものように話しをにごしていると「私も昔ひとりでやっていたのよ」と自分のお話をしてくれました。おばあさんは、孫が産まれたのを機会にお仕事を引退したそうですがずっとひとりで仕事をしてきた想いがあると言い「自分にしかできない仕事があって、それを誇りに思えるのっていいじゃない。頑張って」と、励ましてくれたのです。今まで周りの人からそんなことを言ってもらったことがなく、じんわりと心に染みました。「何回も辞めようかと思ったこともあったけど、やっぱりこの仕事が好きで戻ってきたんです。ありがとうございます。頑張ります。」突然私から出て来たのがこの言葉でした。もう迷わないでこれからこの仕事が誇りになるように育てていこう。そう思わせてくれた、人生の先輩の言葉でした。

2018年のはじまりはお笑いと占いから

昨年「リトルプレス」や「ZIN」との出会いにどっぷり影響を受け、デザインにアナログ感を取り入れたいなーと、印刷した写真や模様をはさみで切ってのりでペタペタ貼って年賀状を作りました。楽しいー。味が出るー。今度仕事にも活かしたいと思います。今年もよろしくお願いします。さて2018年がはじまりました。年末年始は子どもたちとの時間が多くてわがまま盛りで泣いてばかりの3才娘と、それに下手に絡んでいく小3息子にイライラしっぱなしで全然楽しくできませんでした(笑)冬は天気が悪くて、どうしても家にこもってしまうので仕方が無いと割り切って。春になったら、青い空と緑いっぱいの公園で遊ぶのを楽しみに冬は冬らしく過ごします。(冬は基本きらい)でも!年末年始は私が大好きなお笑い番組と、新しい一年の占いが出るのでこの二つに関してはウキウキ、ワクワク。占いなんて信じないという人もたくさんいますが私は占いは信じるものではなく背中を押してくれるものと思ってて。自分が思うようにいかない時に希望を持たせてくれる言葉があったり調子に乗っちゃってる時にビシッと”いましめ”てくれます。占いに書いてある運気を上げる”モノ””コト”は「あー、それはやっておいて損はないな。」という実は当たり前のことばかりなのでとりあえずやっておきます。今年も元旦に神社に初詣してきましたけど、これもそんな感覚です。2018年の私の運勢は、いろんな占いを見たけど、どれも上々のようで。多くの人との出会いがあり、一緒に何かをやっていくことになる……と書いててこれが現実になったら、泣けるくらい嬉しい進歩。時々一人で凹んで殻に閉じこもることがあるけど今年そんなことしてたらチャンスを逃がすなと素直に受け止めて前進あるのみ。頑張るのみ。